≪負け犬の遠吠え≫(村上忍のエッセイ⑤)こんな時に、お迎えが来てくれたら・・・

~お元気な老婦人の問わず語りの独り言~

2010年1月17日に脳梗塞治療のため、4ヶ月間入院した圏央所沢病院を退院した。
6ヶ月後には池袋の研修室(事務所)へ通い始めた。

※2009年10月に、最寄りの航空公園駅(西武線)のホームで倒れ入院。その間のいきさつは、別に詳述

それと前後して、毎日曜日、さんとめ(老人保健施設)でリハビリ訓練をする機会をえた。

池袋の研修室(事務所)へ通い始めたのは、「仕事のため?」ではない。
当時は、とてもそんな回復レベルではない。実際、最初の頃の通勤の道中が“冒険”の連続であったのである。

家族は皆無理をするなと云う。しかし、私が病後(退院後)のリハビリの一環(メイン・メニュー!)として事務所に出ることにした。

そして、指導先の企業の幹部に事務所まで来ていただいた。1日一組2時間厳守で経営実務についてお話しをした。慣れるにしたがって、話しの内容も徐々に深くなっていった。昼食は、コンビニで買ってきたサンドイッチで済ます。(右手が効かないので)

自宅と事務所の行きかえりは、レッドアロー(座席指定の特急)と所沢駅から自宅まではタクシー。もっと早くこのリハビリの“メイン・メニュー”を取り入れるべきだったと思っている。

2010年9月には、ロスアンゼルスへ出かけた(セミナーのサブ講師として)。12月には、娘同伴でミャンマーを旅した。当然、リハビリテーション・メニューとしてである。まわりには、心配と迷惑をかけながら(協力してもらいながら)決行した。
しかし、退院後、ここまでたどり着くには、数々の試行錯誤、試練があった。

◎リハビリテーションとは

私は、リハビリとは、何なのかを入院中ではなく、退院後に知った。入院後半の療法士の指導による各種訓練は、実は、リハビリの導入訓練(いわば、オリエンテーション訓練)であると知ったのは、退院後のことである。
退院後に何をやるべきなのか、どんな方法があるのが、どんなメニューが考えられるのかを知る場だったのである。
しかし、医師もどの療法士もそのように“はっきりとは”教えてくれない。最も重要なことである筈だが。
「え、まだ何も出来るようになっていないのに退院ですか?」こんな感じで“追い出されるように”退院する(させられる)。

退院後の日常を構築することが大変難しかった。
病 院で療法士がプログラムしてくれた自宅での“日課”が、30~60分程度の自主訓練であり、入院中は毎回療法士の動機づけがあり、何より時間がくれば、相 手(療法士)が来る訳だから続いたのだ。それほどに退屈な単純繰り返しであることに退院後気付かされた。散歩、食後の皿洗い(不自由な右手の訓練として) など何ほども時間を消化しない。

◎リハビリとは、“挑戦的自主OJT”ある!

家での行動の範囲と量がみるみる減ってきた。長距離の歩行には自信がないので、定期検診のための病院へはタクシーを使用した。日々自室で読書するか、パソコンに向き合う時間が増えた。
家族は、とりあえずその方が安心であろうが、面白くない。発展性がないのである。イライラしてきた。

そこで思い切って、“よい子”を返上して、最初の“冒険の旅”に出る決心をした。

[小さな冒険①]セブンイレブンへのお使い

片道20分(往復40分)この距離は、自己新記録になる。
店 員との対応(回らない口で話す)、不自由な手でお金の受け渡しをする。これらも初挑戦である。歩くことが思いのほか疲れた。精算後に言う「ありがとう!」 という言葉も売り場で声に出して練習してレジに並んだ。冒険であるから、家族には内緒で決行である。家族は、今回の隠密行動には、今後の冒険をたしなめる 雰囲気があった。

[小さな冒険②]病院の定期検診の帰りに電車を使う

まず、帰りに病院から最寄駅(小手指)まで病院の送迎バスにのる。駅の階段かエスカレーカーを使う。電車に立ったまま乗る。(一駅区間)、航空公園駅から路線バスにするかタクシーを使うかは、バスの込み具合をみて。
次は、当然のこととして、病院の定期検診の行き帰り共に電車を使う。

小さな冒険は、一旦クリア出来ると、何でもないことになる。内緒で自転車にも2度ほど乗ったが、怪我をしたくないのでやめた。数々の小さな冒険の結果、もっと大きな冒険(目標)を思い立った。「事務所(池袋)へ出てみよう!」

[ちょっと大きな冒険③]池袋の事務所(研究室)に出る

この冒険には、いくつかのクリアしなければならない課題があった。
まず、歩行距離の問題である。常日頃万歩計をつけて計測していたが、これまでの1日の歩行歩数は、4000~5000歩である。
池袋の雑踏の中、階段の上り下りを勘案すると8000歩程度平気で歩ける脚力、体力がないと不安である。決意後は、長距離を歩く訓練、雑踏慣れ訓練など目的意識を持って取り組むようになる。

第一回の事務所訪問は、無事到着して、無事帰ることで精一杯であった。何故か判らないがくたくたに疲れた。散らかった机の上を触る気力も湧かなかった。
何度か行き来だけを繰り返した。精神的にも余裕が出てきたので、更なるチャレンジを計画した。
会ったら、雑談話しになるであろう指導先企業(豊橋)の気楽な役員を呼んでみた。
どれだけ口が回るか(脳が回転するか)、これだけ疲れるか(体力、思考力はもつか)を試してみたのである。
成功であった。疲れ具合、口の回り具合、思考力の継続性のレベルがわかった。

ここに、≪1日一組、2時間コンサルティングの原則≫を決めたのである。すぐに、この原則はあっさりと破られた。前例を破ることが、≪リハビリ≫だからである。

今日もこの延長線上を走っている。原則として、毎週月曜時から金曜日まで事務所に出る。~出ることが、リハビリなのだ!~
数か月前から、月1回、豊橋と名古屋に1泊の出張をする。

6月には、大阪のイズミヤで丸一日の店長候補者研修をやった。正直疲れ、研修内容にも自信がなかった。とりあえず全力投入だった。早速、お礼のメールが主催企業社長から届いた。

村上様
遠路、お疲れ様でした。
研修生も大変感動とのことです。
詳細またご連絡します。取り急ぎ、御礼まで。
清水正博
株式会社イズミヤ総研

このメールで、このチャレンジも成功したことが確認できた。

9月には、ロスアンゼルスで30人引き連れての7日間のセミナーの講師をやる。
このように、前例破りの≪リハビリ≫生活は続く。

◎さんとめトレーニング

私の日曜日の日課は、さんとめ(老人保健施設)でリハビリ訓練を実施する(療法士がプログラムしたメニューを自主訓練する)ことである。

毎日曜日9:45に施設のバスが自宅まで迎えに来てくれる。この施設では、平日は80人以上のお年寄りが利用している。宿泊(入院)設備もあり、医師(施設長)も常駐している。勿論、療法士も常駐し、リハビリ設備・機器も充実している。
私は日曜日だけの利用であるが、日曜日も20人以上の利用者がおられる。

この施設の利用目的は、いろいろである。
①病後のリハビリ・トレーニング
②要介護のお年寄りのお預かり(9:00~15:00)食事、入浴介助
③一定年齢以上のお元気なお年寄り(カラオケ、映画鑑賞、クラブ活動)

①の方々は、少数で車いすの方々(男性が多い)
私も①の扱いであるが、右手だけのトレーニングだから、異質の存在である。

②の方々は、男性が多い。特に重度の方がほとんど男性である。

③の方々は、女性がほとんどで、かくしゃくとした方が多い

私は、施設に到着後、体温と血圧を測り、自分のメニューをこなす。

(1)大きな療法士が使う治療台で既定も柔軟体操をする
(2)[ペグ]という訓練機器で指の訓練をする
(3)[サンディング]という訓練機器で肩の訓練をする(10分)
(4)[?]という訓練機器で背筋の訓練をする(10分)
(5)[?] という訓練機器で腹筋の訓練をする(15分)
(6)[?]という訓練機器で脚力の訓練をする(15分)
(7)[?]という訓練機器で肩の運動幅の訓練をする(15分)
(8)ホワイトボードに板書訓練をする(20分)

およそ2時間の自主訓練である。側に療法士の方がいるので、相談しながらできるので充実している。
毎週、帰りは5500歩の道のりを歩いて帰る。途中、ヤオコーに立ち寄り、ドーナッツとコーヒーで読書して帰る。
私の1週間の区切りとして、重要なひと時である。

◎こんな時に、お迎えが来てくれたら・・・

朝の迎えのバスは、20分の道のりである。車内では毎週お年寄りの女性2人の取り留めのない会話で耳を傾けることになる。
お二人ともお元気で、聞いていてもこれらが元気を貰える。
この日は、話題が“昼寝”の話しになった。一人の方が「最近、午後に15分ぐらいうとうととしてしまうの・・・」これに対して“元気しるし”のもう一人の方が「そうよねえ私もよ。」
その言葉に続けて、相手の方に話すでもなく「本当に気持ちがいいのよねえ、こんな時に、お迎えが来てくれたら・・・」と声のトーンを落として言ったのだった。
座席の近い私だけに聞こえたのか、他の方たちは、聞こえなかった振りをしていたは定かではない。とにかく、大変重い言葉を聞いてしまった。

私のように“死にかけた”人間は、人生、いつお迎えが来るか分からないことを知っている。だから、日々充実燃焼しきって生きようと思う。今日一日良い日だった。明日も良い日に違いない。こんな毎日のどこかで“最後の瞬間”が来て欲しいと願うのみである。
自分自身何が出来るであろうか。私の周りの人たちを幸せにする努力をし続けること。その計画、戦略を練ること。これが、私がたどり着いた結論である。

(2011年8月16日 村上忍記)

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