2014年連載①−(3)《チェーンストア経営の実務原則》

2014年連載①−(3)《チェーンストア経営の実務原則》
〜小売り業の発展と産業化を実現したチェーンストア方式〜

≪流通の生産における革命≫
~インフラが整備されてきて、生産はたちまちにして拡大を始めた。自分たちが消費するモノ
 の生産から、流通させるためのモノの生産に移行したのです。市場の広がりは無限だ!~

1850年代と1860年代になると、農民から直接買い付けをして、加工業者に直接販売する近代的な商品取引商が農産物の販売と流通を担当するようになった。
またこの時期には、全商品系列にわたり、あらゆるサービスを行う卸売商が、大部分の「標準化」した消費財の販売を始めた。
1870年代と1880年代になると、近代的な大量販売業者が、卸売商の市場を侵食し始めた。
百貨店、通信販売店そしてチェーンストアである。

※上の{百貨店、通信販売店そしてチェーンストア}には、注意が必要である。百貨店は、一つの業態名である。通信販売店は、無店舗販売という販売方法を主にする小売り店である。チェーンストアは、多店舗化を用いて業績拡大を図る方法である。
つまり、時系列的に誕生し、発達したのである。百貨店も通信販売も取り入れたし、チェーン化も試みたのである。事実、通信販売の最大手であったシアーズは、チェーンストアとしても成功したのである。

◎百貨店

マーシャル・フィールド(卸売商の最大手)は、1870年代を通じて同社の広壮な小売店舗では、同社の総売り上げのわずか15%と、利益の5%しか占めていなかった。
当時、同社では、百貨店は卸売り店の付属的存在でしかなかった。
この様に百貨店の一部は、卸売商から誕生した。

1858年、ローランド・メイシーは、ニューヨークで高級衣料品店を始めたが、1870年以前に百貨店になっていた。
ブルーミングデールは、1870年に百貨店を開業した。
百貨店は、初期より大都市の象徴的存在であった。ニューヨーク、フィラデルフィア、ボストン、シカゴをいった全ての大都市、そしてまた多くのより小さな都市では、次々と百貨店がオープンして他の小売店を席巻した。

○高級品の品揃え、多種の品揃えで他小売店を圧倒

大都市中心に大型店を構える百貨店は、高級衣料品や衣類、布地、糸、リボン、シーツ地などを小売りしていた店舗が、新しい商品系列を追加し始めた時に生まれた業態である。
品揃え幅は、婦人衣料、衣料品、家庭用品、毛皮、男子衣料品、家具、宝石、ガラス器、じゅうたん、敷物類、銀器、日傘、洋傘、帽子、靴、玩具、書籍、文房具、陶器、瀬戸物、花、羽根飾りなどで、“百貨店品揃え”として一般化した。

○百貨店組織の中核は、バイヤー

百貨店は、多種多様な商品を取り扱うという点で、卸売商と異なっていた。
百貨店のバイヤーは、卸売商の場合よりいっそう大きな役割を担っていた。
彼らは、担当商品の仕入れ(仕様、価格、量の設定)を統制するだけではなく、店舗でそれらを売りさばく販売員の直接監督責任をも持っていた。
本部組織の役割は、その様な「部門の長であるバイヤーが商品の仕入れと販売に専念できるようにすること」であった。

○百貨店の利潤の源泉は、高価格ではなかった

当時の百貨店の政策は、ほぼ固まってきていた。
全ての店は、「定価」政策を採用していた。彼らは、低価格と低マージンで販売することによって、大量のビジネス、つまりビジネスの高速回転を目指しました。
動きの遅い商品系列の値引き販売、大規模な地域広告などで、高水準の商品回転を維持することに専念した。
この様に、彼らの業績を評価する基準は、売上高に対する粗利益率、商品回転率だった。
月ごとの部門別商品回転数が、他の商品系列のそれと比較され、過去数カ月、数カ年についても、同一部門のそれと比較された。
この回転速度という評価基準によれば、マーシャル・フィールドの小売商品回転数は、1870年代末期と80年代には約5回転まで上昇した(卸部門より高い)。
1887年、メイシーの商品回転数、年12回転と際立って高いものであった(20世紀の百貨店平均の2倍である)。
このように商品回転速度によって、大型小売商は、より低いマージンで、より低価格で販売しても、都市の小規模の専門化した小売商や彼らに供給する卸商よりも、高い利益を得ることが出来たのである。
そうして、19世紀末までに、百貨店は、既存の中間商人をせん滅した。

※初期の百貨店は、低価格、高回転を武器に既存の中間商人をせん滅したのである。百貨店の強みは、後発の通信販売さらにチェーンストアに受け継がれたのである。

◎通信販売店

新しい輸送ならびに通信施設の革新と確立に対し、百貨店より遅れはしたが、いっそう直接的に反応したのは、通信販売店である。
百貨店も通信販売店も、その仕入れ組織の効率的運営のために鉄道と通信に大きく依存していた。しかし、通信販売店の先駆的形態は、新しい通信ならびに輸送システムが統合され始めると、ただちに出現した。

○モンゴメリーウォード

広範な種類の商品をもっぱら郵便で販売する新しい企業は、アロン・モンゴメリー・ウォードによって1872年に設立された。
1880年までに、モンゴメリーウォードは、全国的に営業を行っていた。
1887年には、同社のカタログは540ページにはおよび、24000以上の品目が掲載されていた。
この時期、百貨店も専門小売商までもが、カタログによって販売を行っていた。

○カタログ販売を最強の業態にしたシアーズ・ローバック

1887年、リチャード・シアーズとアルバ・ローバックが、郵便で時計を売り始めたのが、シアーズ・ローバックの起源である。1899年には、シアーズは24の商品部門を有していた。           
これらの部門には、全商品系列を扱う既存の卸売商の商品と製造業者によって直接販売されているミシン、自転車、軽装四輪馬車、楽器なども販売した。
シアーズは、1905年には、3778万6000ドルの売り上げ、286万8000ドルの利潤をあげ、名実ともに米国一の小売業となった。
ここでも、百貨店の同様に、各商品部門は、それぞれ分離した王国であり、バイヤーが全面的な責任を有していた。
バイヤーは仕様書を作成し、仕入れ価格と商品量を決定し、さらにカタログに載せる商品を決定していた。

○製造小売業シアーズ

1906年までに、シアーズは、16の製造工場を完全あるいは部分的に所有していた。
そこで、シアーズ・ブランドの金庫、ストーブ、火器、家具、のこぎり、農機具、有刺鉄線、壁紙、カメラ、靴、運搬車、オルガン、配管用品、クリーム分離器を製造していた。
シアーズは、製造業(メーカー)でもあったのである。
シアーズ・ブランド製品は、品質も一流メイカー品と比較して、遜色ないと云うより、頑丈さでは優っていた。
その上、価格はメーカー品より安いのである。最盛期には、家電製品、工具類は、シアーズ製品が、市場をリードしていた。

シアーズと主要競争者が、商品の流通速度を高めることによって、マージンと価格を引き下げた能力に対して、農村の小売商や彼らに商品を供給する卸商から激しい反対の声が上がった。これは、シアーズの効率に対して抗することが出来ない実態が背景にあった。

1880年代から1890年代に百貨店に、既存小売業界から出店反対運動がおこった。
1900年以降の10年間には、通信販売店に対しても、反対運動がおった。
1920年代にもチェーンストアに向けて反対運動がおこった。
いずれも、それぞれの“安さ”に対する反発である。
つまり、流通業界の近代化の一端である“効率の高さ”に対する“負け犬の遠吠え”のようなものであろうか。歴史は繰り返します、今日でも・・・。

チェーンストア
~チェーンストアは、経営方式である(チェーンストア方式)。
 従って、あらゆる業態がその経営方式を採ることが出来る。
 初期には、新参の弱小企業が、既存大手企業の隙間を狙って展開し始めた経営方式だったのである。
 しかし、この経営方式は、今日でも“最強”の経営方式である。
 この経営方式には、百貨店、通信販売企業の近代的な経営手法、運営手法が含まれて完成度を高めていることを認識すべきであろう〜

○初期のチェーンストア

初期のチェーンストア経営方式の企業は、既存の大型小売商(百貨店、通信販売店)がまだ地歩をに確立していない業種や部門にまず生まれた。食品や雑貨である。
また、大規模な都市中心地(百貨店の地盤)や農村地帯(通信販売店の地盤)より、小さな町や市、あるいは、大都市の郊外に出店した。
当初、チェーンストア経営方式の企業は、2~3の例外があっても、全国的展開というよりも地域的展開にとどまっていた。

○チェーンストア方式を採る企業が、最も成長の早い大型小売店となる

しかし、第1次大戦までにチェーンストア企業は、全国的展開を目指すようになった。
従って、他の大型小売商と競合するようになった。1920年代までにチェーンストアは、最も成長の早い部類の大型小売商となってきた。
それなりの規模を持つチェーンストアが、食品・雑貨の販売業にも誕生した。

私たちにもお馴染みの企業が名前を出してきた。
1909年 には、クレスゲ(後のKマート)が、42店を営業している。
1914年には、後にスーパーマーケットの最大手になる セーフウエイが、4店
を営業している。
1920年には、靴屋チェーンとして、発展する アメリカン・シューが、6店を
営業している。
同じく1920年には、現在も最大手のドラックストア・チェーンである ウォ
ルグリーンが、23店を営業している。
1921年では、現在もスーパーマーケット・チェーンの最大手企業である クローガ―が、すでに947店も展開している。
この様に、初期(1930年代)のチェーンストア業態は、スーパーマーケット(SM)、ドラックストア(Dg.S)、バラエティストア(VS)であった。

○チェーンストア時代も前半は、シアーズの時代

通信販売のシアーズ、モンゴメリイウォードも1925年から1929年の間に数百店の店舗網を作った。
特に、シアーズは、GMSチェーンとして小売業界の名実共のリーダー企業であり、日本の量販店チェーン企業に対して最も影響を与えたのは、シアーズである。

《小売業の分類》

小売業の業態分類に関しては、いろんな新種、亜種が生まれている。
スーパー・スーパーマーケットとかスーパー・ドラックストアなどは、日本人が名付けたネーミングもののようである。特に最近では、ショッピング・センターの分類が、マーケッテイング的な観点から多様化している。

◯業態の変遷

小売業態の変遷の理解が必要である。近年は、新貧困者が増加して、生活防衛を支えるウォルマート・スーパースンター、ダラーショップが隆盛である。
日本からは、高質(高級)スーパー、ニュータイプのショッピングセンターに我々の目が向きがちであるが、米国の実社会は深刻なようである。
                                   
◯業態は変われど、チェーンストア(方式)の時代が続いてきたが・・・

小売り業の産業化は、チェーンストア(方式)が確立された時から約束されたのである。マーケティングの視点からは各種業態が話題となるわけであるが、
チェーンストア(方式)時代が続いている。
チェーンストア(方式)は、コンピュータの発達により効率化を高め、何より出店スピードを極限まで高めてきた。
チェーンストア(方式)は、リアル店舗による売上高拡大の方法である。
今、時代の変わり目にきている。店舗を持たない小売り業が小売り市場を席巻しつつある。アマゾンに代表されるインターネット・ビジネスである。
ここまで学んでこられた方は、どうようなケースを見てきた筈である。アメリカ発展の歴史の過程で、「郵便」、「電話」という社会的インフラが整備された結果、通信販売(カタログ販売)のいう一大産業(シアーズ・ローバックの代表とする企業が生まれた)が誕生し、一時代を築いたのである。
「郵便」、「電話」が、「インターネット」に変わっただけだ。
今後の動向は、余談を許さない。ただリアル店舗とインターネット他のマルチ・チャネルを駆使するビジネス・フォーマットを確立した企業が、時代を引っ張ることになるであろう。

◎速度の経済性
~ここまでに学んだことの整理~

大量流通の出現と近代的な大量販売業者(百貨店、通信販売店、チェーンストア)の台頭は、輸送(鉄道)と通信(電信、電話)における革新がもたらした新しい速度と規則性によって可能になった。
これらの新しい企業(百貨店、通信販売店、チェーンストア)は、米国における商品流通の速度をいっそう早め、その費用をさらに低減させてきた。

鉄道と通信が、ある商業中心地の鉄道駅や運輸会社の発着所から他のそれへ商品の流れを調整したのに対して、新しい大量販売業者(百貨店、通信販売店、チェーンストア)は、何千もの製造業者から何十万もの消費者へと流れる、大量の商品の移動に含まれる無数の取り引きを担当した。
大量販売業者は、商品流通業者としてそれまでの商人にとってかわったが、それは彼らが、単一の大規模近代企業のなかに、大量の市場取引を内部化したことによるものであった。
彼らは、一定の施設を用いて、一定の労働者で、従来の多数の分離した小規模な施設で処理した場合と比較して、同一の期間内に、はるかに多数の取引を扱うことを可能にすることによって、商品流通における単位あたりの費用を低減させた。
同時に高い商品回転数は、安定した現金の流れを保証したが、これによって企業は、現金による大量の仕入れが出来、さらに商品流通に伴う信用や金融の費用の低減が出来た。
しかしながら、このような費用の節減は、企業全体を通じる商品の流れが注意深く調整された時にのみ可能なのである。

規模と流通の経済性は、大きさだけではなく、速度にかかっており、より大きな店舗を建設することではなく、むしろ商品回転の増加から生まれるものであることを忘れてはならない。
継続的な効率と商品の高回転を維持するために、さまざまな形の新しい業態の大量販売業者が、大体同じ種類の組織機構(標準化組織)をつくりあげ、その全てが、商品の仕入れと発送を同一の方法で行なわれた。

新しい大量販売企業の創業者一族が、富を築いていく過程で、一群の管理者の助けを必要としたが、それは少数のミドル、トップ管理者だけで、その点が鉄道企業と異なったところである。
創業者一族が、富を築いていくのと中間所得層が縮小していくごとが、米国の小売業の近代化、産業化の歴史の特徴のようある。

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