負け犬の遠吠え(村上徳忍のエッセイ〜2014年⑵〜)

〔「生涯学習」を考える〕

〜「生涯学習」とは、国の地域行政への施策の一つであり、全国の市庁に生涯学習推進部署(社会教育課)が担当部署である。
その意図を(「生涯学習の意味」を)、国の中教審の下部審議会(生涯学習審議会)が平成4年7月に下記の3点を提示している。
⑴生涯学習は、生活の向上、職業能力の向上や、自己の充実を目指し、各人が自発的な意志に基づいて行うことを基本とするものであること。
⑵生涯学習は、必要に応じ、可能な限り自己に適した手段及び方法を選びながら生涯を通じて行うことてあること。
⑶生涯学習は、学校や社会の中で意図的・組織的な学習活動として行われるだけでなく、人々のスポーツ活動、文化活動、趣味、レクリエーション活動、ボランティア活動等の中でも行われるものであること。※ヤフーの検索から(出どこ不明)
さて、国はこのような意味で我々国民に「生涯学習」を提示している(奨めている)。我々はどのように理解し、どのように行動すべきかを考える必要がある。〜
 
◎自己啓発(「生涯学習」)を行政が“すすめる”ことのジレンマ

私が、チェーンストアS社の人事部教育課長であった頃のことである。年度教育計画&予算計画の下打ち合わせで直近に第一勧銀から来られた管理部門担当常務(H氏)に年度教育計画案を説明した時のこと、ちょっとしたショック(認識の誤りの指摘)を新任常務より与えられた。年度教育計画案の内容は、階層別教育、店舗管理者候補者教育、自己啓発教育の3本柱であった。
概要を説明した段階で、「君ねえ、自己啓発は本来個人の意識の問題だろう。それを企業がここまで企画立てして、やるべきものなんだろうか・・・?」
これは、当時でも教育担当者にとっては“耳の痛い”指摘であった。事実、数多くの“魅力的な”自己啓発研修が毎年容易されていたが、参加者が少なく“無駄カネ”を使ってしたのであった。現場(店舗)は、当時でもギリギリの人数でまわしていたから、“自己啓発”で休みを取ることは職場の同僚に対しても迷惑をかける行為であったのである。

このところ、市の〔生涯学習をすすめる市民会議〕の新年度委員募集(市民への公募)に応募した関係で、同組織の直近の会議、催事等にオブザーバー参加している。
そして、いくにかの会議等にオブザーバー参加している時に、上記の30数年前の記憶が蘇ってきたのである。
生涯学習は、企業では一般的な言葉「自己啓発」のことである。企業では、社員に“自己啓発”求める(半ば“強制”する)。企業の“自己啓発”には、終わりがない。企業という競争社会では、職場の同僚、部下、上司は競争相手である。出世のためには(今の地位、ポジションを維持するためには)自己啓発(企業人としての“生涯学習”)を強いられている。言いたいことは、〔企業戦士OBにとっては、「学習」、「自己啓発」という言葉には、アレルギー(拒否反応)がある!〕ということである。

企業経営者及び経営者団体の真似をして、国が(中教審が)<企業人としての“生涯学習”>を模して、国のビジョンに取り入れたようである。
しかして、多くの企業戦士OBは「いい加減にして欲しい。企業を離れて(無理やり、辞めさせられて)、強制的自己啓発から解放されたのに、“生涯学習”なんて辞めて欲しい!」と考えている。生涯学習という単語は、一般的にそういう“響き”の言葉なのである。

◎「生涯学習」という言葉は、“官製”の不適切な表現である

前文で紹介した「生涯学習の意味」を見て欲しい。
⑴生涯学習は、生活の向上、職業能力の向上や、自己の充実を目指し、各人が自発的な意志に基づいて行うことを基本とするものであること。
⑵生涯学習は、必要に応じ、可能な限り自己に適した手段及び方法を選びながら生涯を通じて行うことであること。
⑶生涯学習は、学校や社会の中で意図的・組織的な学習活動として行われるだけでなく、人々のスポーツ活動、文化活動、趣味、レクリエーション活動、ボランティア活動

⑴は、各企業内での“自己啓発”の内容である。
⑵は、目的が書かれていない意味不明な文章である。
⑶は、明らかに生涯学習とは関係しない分野である。これらを生涯学習などと表現するから“暗くなる”のである。

◎行政(国)の意図は概ね分った。市民のための、市民による市民会議は、かく行動を起こすべし!(提案)

今、企業戦士OBは、勤め先を「定年」という国の認めた“解雇?”により、ほとんどが何の準備もなく家で、あるいは、アルバイト先で過ごしている。この多くは、更に働く意志と実務能力と体力を持っている。これらの年々増え続ける企業戦士OBを遇する社会的体制が出来ていない。彼らに目的もない「生涯学習」を押し付けても受け入れなれない。
彼らの生涯学習(自己啓発)は企業を定年で去った時点で修了したことにして上げようではないか(一部の趣味“生涯学習”という人を除いて)。
後は、彼ら(彼女ら)の紹介学び、実務に場で鍛え上げた専門分野の知識、技術を地域社会で“お裾分け”してもらおうではないか。そして、彼ら(彼女ら)の趣味の世界作りのお手伝いをしてあげればよいと思う。(実際、皆企業人として、趣味を育てる時間と機会など与えられていないのである)

<提案1>彼等(彼女等)を家族(特に奥さん)から、尊敬される称号を与えよう。
◇彼等(彼女等)は長年実務の場で培った専門知識、技術を生涯学習センターに登録し、「THE craftman(専門家) of Tokorozawa」の称号を与え、讃える。
 〜知識、技術は、何でもこざれで、長年の実務経験を讃えるのが目的である。〜
この登録ファイルをどう活用するかは、知恵の出し所である。(この試みは、他市では始まっているようだ。)

<提案2>各サークルの場を“趣味開発、発見の場”という側面を強化する(くれぐれもこの場を「生涯学習」たどと呼ばないで欲しい!?)
 〜初めての囲碁、将棋 初めての・・・〜
“初めて”を渡り歩くこと歓迎、とする(趣味につながるものを持っていない人が大半である)

これらは、まったくのフラッシュ・アイデアである。現在の視点を変えるべきである、と言いたいのである。
今後、国策としても60歳以上の人材の活用が出て来ると考えられる。<提案1>は、大きな第一歩になるかもしれない。

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