[第1章]レイバースケジューリングのルーツ〔科学的管理法〕〜テイラー〜

〔科学的管理の父〕フレデリック・テイラー(1856〜1915)は、裕福な家庭に生まれ育ったのです。
ハーバード大学野法学部に入学しましたが、目を悪くして退学しました。

19歳でポンプ工場に見習工として就職しました。以降職場の生産性向上に努めました。35歳で独立し、多くの企業をだて直しました。そして、55歳のときの〔科学的管理法の原理〕を出版しました。

テイラーの活躍した頃の時代背景をご紹介します。その100年前、イギリスで始まった産業革命は、織機、紡績機野改良から製鉄技術の改良へと移り、動力源(蒸気機関)の開発によって鉄道や蒸気船も生み出されていました。

産業革命の中心地は、ドイツ、アメリカに拡大し、トーマス・エジソンの発明・産業化によって電気の利用も始まりました.街角や工場に、夜も明かりがつくようになったのです。

でもその工場の中は、「怠業(さぼり)」と「労使の不信」、「首切りの恐怖」に溢れていたのでした。単純な出来高払いの給与体系だったので働くだけ給与は上がるはずでしだが、給与が増え過ぎると管理者側が勝手に賃率を下げたので、手取りは変わりません。働くだけムダだの組織的怠業が蔓延し、「頑張る奴は迷惑」という同調圧力までかかる始末でした。
管理者(親方)は、給与総額で、一定の仕事量を、一定の期日で請け負うので、工員に対しては「真面目にガンバレ!」を叱責と解雇を臭わせるかたちで説くだけでした。

◎MITの代わりに選んだ“一見習い工員

若き日のテイラーは、現場でそれを目の当たりに下のです。彼は、たちどころにその矛盾と問題点を理解したのです。「これでは誰も幸せにはなれない!」
テイラーは、直ちにさまざまな実験・研究をするわけですが、“一見習い工員(徒弟制度が色濃く残っている時代)”が、そのようなことを許される訳がありません。
そもそも、裕福な家庭に生まれ、大変優秀でハーバード大学の法学部に合格した男が、目を悪くしても一介の“一見習い工員(徒弟制度が色濃く残っている時代)”になるはずがありません。
彼は父親が望んだ弁護士ではなく、エンジニアの道をえらんだのです。当初、身内からは、MITを勧められたそうです。しかし、当時の工学(技術)系学校では、現場実習など期待出来なかったのです。
MITの代わりに選んだ“一見習い工員!”だったわけです。

22歳でミッドベール・スチールに転職した後は、機械工からすぐに職場の組長に取り立てられました。そこで生産性向上に邁進します。まさに現場改善のエリートの道を進んだのでしょう。

◎「科学的管理法」がもたらした劇的な生産性の向上

テイラーは現場の生産性向上のために様々な実験・研究をしています。
ストップウォッチを使って作業の時間分析をしたり、メジャーを使って移動距離を調べたりしています。それまでの「目分量方式」での作業の割り振りではなく、ちゃんと計算して作業を配分しました。

<ベスレヘム・スチールにおけるシャベル作業の研究>

この研究では、計画・管理業務の大切さが明らかになりました。その職場では、毎日400〜600人の作業者がシャベルを使って鉱石や灰をすくって運ぶ仕事をしていました。日によってすくうモノの重さも形も様々なのに、作業者は好きな大きさ・形のシャベルを選んで仕事をしていました。
当然、楽をしたい者は小さめを選びます。力自慢は大きめを選びますが、途中でばてたりしています。
作業の仕方もいろいろで、結局、1人あたりの作業量は作業者によってバラバラでした。

テイラーは2人を選んで実験を始めました。
まず、「最適重量」の分析です。シャベル1杯あたり何ポンドが良いのか突き止めました。その値はずばり1杯あたり21ポンド(9.5Kg)でした。
すくうモノや形に合わせて、1杯21ポンドになるように、8種類の標準シャベルが用意されました。
シャベルを差し込む速さや高さ、投げる時間まで最適化され、賃金体系も、ある作業量を超えたら賃率が上がる段階制にしました。
一方では、その日の作業量に合わせて人員を配分し(スケジューリングし)、各作業者にシャベルを配って管理する部署が必要なことも分りました。現場監督職ではなく計画(プランニング&スケジューリング)職の誕生です。

この改革的実験の結果は、

:1人当たりの作業量(作業効率)は、16トンから59トンになりました。実に3.7倍です!

:作業者が受け取る平均賃金は、1.15ドルから1.88ドルになりました。実に63%も増加しました!

:生産量あたりコストは、72セントから32セントに激減しました。実に56%のダウンです!

◎テイラーは「生産性向上」と共に「賃金向上」の実現が可能であることを立証した

このようにテイラーは、「生産性向上」と共に「賃金向上」の実現を目指したのですが、経営側が暴走したのです。彼らはひたすら労働生産性向上を指向したのです。テイラーの真意は、彼の著〔科学的管理法の原理〕の冒頭で「管理の目的は労使の最大繁栄」とし、「従業員の繁栄とは、賃金だけではなく、彼ら生来の能力の許す限りの最大級の仕事ができること」としたのです。

現実には、当時の経営者たちは、テイラーの“崇高な”理想を理解、共感出来ず、彼の存命中には実現されませんでした。

5月19日追記

◎手法ではなく、哲学の刷新を訴えたテイラー

テイラーの『科学的管理法』の真価は、マネジメント手法としての優秀さではなく、基本原則、つまりマネジメント哲学を刷新したところにあります。この事実をないがしろにして、生産性向上、効率の向上の手法の側面にのみ注目し、評価してまた批判するといった“テイラー評”が、当時(何と100年前)から今日まで続いています。
テイラーの実務原則は、以下の通りです。あくまで“科学的”なのです。

⑴働き手それぞれの判断に代えて“科学”を取り入れる。

⑵働き手が成り行きで仕事を選んで覚えようとするのではなく、会社の側で一人ひとりの人材を吟味、指導、育成した上で、つまり、ある意味で実験の対象としたうえで科学的な視点から人選と能力開発を行う。

⑶各働き手に問題開発お委ねるのではなく、マネジャー層が部下と密接に強力しながら、科学的な法則に沿って仕事を進める。

テイラーの『科学的管理法』は、従来のように仕事を現場の作業者に“丸投げ”するのではなく、マネジャーが自分に適した仕事を受け持つとする点が秀逸なのです。

◎『科学的管理法』の実践

この法則は、あまりにシンプルなため、一般の人々は「科学」などとは呼ばないでしょう。科学的に適正動作を見つけるために、通常は、各自の作業の一部を行うのに必要な「動作」について簡単な分析と「時間研究」を実施します。その際用意するのは、ストップウォッチと罫線入りのノートです。この当時、このような「時間研究」の担い手が数百人にも増えていたのです。かって、経験則しかなかった分野に初歩的ではあるが、「科学的」知識をもたらしています。
このシンプルな法則を導くためのステップを紹介します。

【第一ステップ】分析対象の作業に非常に長けた人材を、10〜15人ほど選り抜く(できれば、勤務先や地域がばらついているほうが望ましい)。
  
【第二ステップ】各人が作業の中でどのような操作や動作をするか、基本的なものを抑えるとともに使用ツールについても把握する。 

【第三ステップ】各自本動作に要する時間をストップウォッチで計測し、各動作を最も短時間でこなすための方法を選ぶ。

【第四ステップ】適切でない動作、時間がかかり過ぎる動作、役に立たない動作などをすべて取りやめる。

【第五ステップ】不必要な動作をすべて取り除いたあと、最も要領のよい、最適な動作だけつなぎ合わせ、最善のツールを用意する。

◎標準ツールの制作

テイラーは、標準ツールの制作にも言及しています。各作業に適した人材の発掘し、標準化された作業動作を訓練します。各種作業での作業動作速度の追求は、道具の選別が重要です。選別の際にそれぞれの利点を明らかにして、「標準ツール」を制作してしまいます。このような開発手順も体系化しました。科学的であるためには、「標準化」は絶対なのです。

◎プランニング&スケジューリングも担当するマネジャー

テイラーは、これまで作業者に“丸投げ”されていた現場作業(仕事)をマネジャーと分担させ、働き手たちに最も有利な仕事のやり方を体系的に整理しました。
マネジャーをどの作業のどれだけの時間が必要かを計算したうえで、タイムテーブルを作成します(プランニング)。
これを日々の個々人の仕事に割り振ります(スケジューリング)。ここでプランニングする管理者(あるいは専門スタッフ)と現場で指示する(調整する)監督者とにマネジャーの仕事は分かれます。
「時間管理者」、「工程管理者」、「規律責任者」という役職まで『科学的管理法』のなかに記載されています。100年前の著作ですから驚きです。

◎科学的管理法のメカニズムを支える要素

テイラーは、当時あらゆる“ためにする”批判、中傷、曲解のなかで、この『科学的管理法』以外でも、科学的管理法の本質(哲学)とメカニズムに関して論文を発表し、講演していたようです。

(後世に残された多くの批判、中傷の文献の量の多さに惑わされてはいけません。これだけの実績、成果を示していた訳ですから、実業界での評価は異常な程に高かったに違いありません。)
テイラーが、繰り返し忠告しているのは、管理のメカニズムと本質・哲学の混同です。この表現は適当ではありません。本質・哲学の理解無しで、管理のメカニズムだけを実行することをしてはいけないということです。しかし、これでも万全ではありません。

テイラーは、実務展開のなかで以下の12の要素を外すなと箍(たが)をはめています。我々は、この12の要素を確認することで、科学的管理法のアウトラインを知ることが出来ます。

[要素①]時間研究。時間研究を適切にこなすためのツールや手法を含む。

[要素②]部門別の職長制。職長を一人だけ置く旧来の制度と比べた場合の、この制度の優位性。

[要素③]職場で使われるすべてのツール類、および各作業に伴う動作の標準化。

[要素④]プランニング・ルーム、ないしはプランニング部門の意義。

[要素⑤]「例外原則」に沿ったマネジメント。

[要素⑥]計算尺ほか、時間を節約するためのツールの利用。

[要素⑦]働き手への指示を書いた指示カード。

[要素⑧]課題を活かすマネジメント。課題をうまくこなした場合には、多額のボーナスを支給する。

[要素⑨]「差別的出来高賃金制」

[要素⑩]製品やツールを分類するための記憶法。

[要素⑪]工程管理。

[要素⑫]近代的なコスト、システム、など。

◎外科医と工場の労働者

[第1章]レイバースケジューリングのルーツ〔科学的管理法〕〜テイラー〜の最後に、テイラーの〔外科医と工場の労働者〕の記述を紹介しておきます。

当時(100年前)のアメリカほかのヨーロッパの国々では、労働慣習として<最大のスピードと効率で仕事をこなす>ことは、考えられないことでした。「怠業〜soldiering(ソルジャリング)〜」は、労働者の特権のように考えられていたようです。
従って、<最大のスピードと効率で仕事をこなす>ことを目指すテイラーは、それだけで“経営者の回し者”扱いされた訳です。
決められた通りの手順で、決められた時間通りに、標準化された道具で働かされることは、現在の工場では当たり前のことです。しかし、製造業に勤めていない(工場のシステムを知らない)皆さんは、前述の工場の実務にアレルギーを感じませんか。
ですから、当時の誰もがテイラーの科学的管理法に違和感以上のモノを感じた筈です。
テイラーは言います。

『開拓者の時代の外科医は、設計者、木こり、農夫、兵士、内科医などの役割を兼ねるのみならず、争いごとを力で解決しなければならなかった。だからと言って、今日の外科医は人生の幅が狭まったわけでも、開拓者時代の外科医と比べて愚鈍になったわけでもなかろう。
現代の外科医が立ち向かう課題は、開拓者時代の外科医が直面したであろう課題と同じぐらい複雑であり、同じように深みがあり、幅も広い。
しかも、外科医が受ける訓練は、科学的管理法のもとで働き手に施される指導や訓練と極めて似通っている。この点もぜひ記憶に留めておいてほしい。
外科医は駆け出しの期間を通して、経験豊かな先輩からみっちりと指導を受け、一つ一つの仕事について最善とされる方法をこと細かく示されるのだ。最上のツールを最上の手法で使いこなすよう求められる。それらの道具もまた、特別は研究に基づいて開発されている。これらの指導を受けてもなお、外科医の世界が狭まるわけではない。それどころか、先達からかけがいのない知識を授けられるのだ。じかも、最初から世界最先端の知識に裏打ちされた手法と道具をあてがわれた上に、独創性を発揮して古い物を刷新するにとどまらず知識創造に貢献するのである。これと同じく、科学的管理法の下、何人もの指導者と歩調を合わせて仕事をする人々は、何の助けもなく仕事を丸投げされていた時と少なくとの同等の、いや多くの場合はより大きな進歩の機会を掴める筈だ。仮に働き手たちが、先達の見出した仕事の法則に従わず、全く指導を受けずに成長し、飛躍出来るなら、数学、物理学、化学、ラテン語、ギリシャ語などを学ぼうとする若者たちは大学の門を叩くよりも、誰の助けを求めずに独習した方がよい、と言うことになるであろう。
学生と工場の労働者、この二つの事例の違いは、学生は自ら進んで師に教えを請うのに対して、科学的管理法の下では、その性質上、指導者の側が働き手に接近しなくてはならないということだ。現実に、働き手は、進歩し続ける科学の下、指導者からの指示を受けながら仕事をすると、知的レビルはかわらなくても、より高度な興味深い仕事をし、利益にもより多く貢献出来るようになる。
それまでは土をシャベルですくってどこかへ運ぶ、部材や道具を工場内の別の場所へ移動するといった単純な仕事しか出来なかった者の多くが、機械作業の手ほどきを受け、快適な環境、機械工に相応しい多彩な作業、高い賃金を与えられる。ボール盤くらいしか扱えなかった低賃金の機械工や助手は、より複雑で、賃金も高い旋盤や平削り盤などの作業を与えられ、熟練工や目端の利く人材は部門別職長や指導者になる。このようにして、次々と人材のれべるが引き上げられるのだ。』

◎テイラーの科学的管理法は、小売り業の近代産業化のための中核であるチェーンストア方式(これを支えるレイバースケジューリング)につながった

1970年代にチェーンストア業界のリーディング業種であったグロサリー・チェーン(グロサリー商品が強いナショナル・チェーンSM、クローガー、セーフウエイ、アルバートソン、ジュエルなど)で新たな動きがありました。
製造業の作業システムの導入の動きです。店舗後方部門の作業革新(効率化)が狙いです。(勿論、物流センターは早くから製造業の技術は導入されていました。)
先鞭をつけたのはセーフウエイにした。製造業の改善技術者を十数名採用して店舗の後方部門、後方エリアの改革に乗り出しました。
後方のトレーラートラックからのパレットでの入荷作業、移動と在庫管理、マテハン機器の導入、作業の機械化、後方レイアウトの標準化そしてレイバースケジューリング技術の投入。
大手グロサリー・チェーン全社が競って作業改善の取り組みました。
そして、レイバースケジューリングを核とした[スーパーマーケット・マネジメント・プログラム]が完成し、小売り企業も近代企業の体裁を整え産業化をはたしたのです。

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