The Daily Drucker  ドラッカー365の金言(徳忍の学習帳)

<6月28日〔経済発展の目的〕> 〜10月25日〜
  
《経済発展はそれ自体が目的ではない。人間の目的達成のための手段にすぎない。》

本質論です。経済人は<人類が生き残るため>と言いたいかもしれませんが、その言は今や虚しく響きます。定常経済時代を目前です。「経済発展」は目的を喪失しているばかりでなく、実に「経済発展」そのものが終焉を迎えようとしています。
※このドラッカーの問題提起は、1939年です!

<資本主義の経済的側面に関するかぎり、近代資本主義の化身たる巨人ヘンリー・フォードが正しく、資本主義の墓堀り人たる学者が間違っていた。
しかし、そのフォードにしても、彼が批判する者たち同様、経済発展それ自体が目的ではないことを忘れていた。
それは、人間が目的を達成するための手段としてのみ意味をもつ。
経済発展は、社会的目的の達成を約束するかぎりにおいて望ましい。
約束が幻想であることが明らかになれば、手段としての価値は一転してなくなる。>

これは“資本主義社会の終焉”を迎えようのしている現在へのドラッカーからの問題提起です。
しかし、ドラッカーの言う通り「経済発展」は手段なのですから、「経済発展」に代わる新たな「手段」を“人類の知恵として”考え出すことへの挑戦にすることです。
勿論、簡単な話しではありません。オーバーではなく〔人類の存亡をかけた挑戦!〕です。

<社会秩序および信条としての資本主義は、経済発展が自由で平等な社会における個人の自由と平等を促進するとの信条にもとづいている。
資本主義以前の信条では、私的な利潤動機は、社会的には有害なもの、あるいは少なくとも中立的なものと見ていた。
そのため、個人の経済活動を意図的に狭い領域に閉じ込め、社会的に意味ある領域へ与える影響を最小限にしようとしていた。>

ちょっと、尻切れの内容ですが、ドラッカーは私的な利潤動機を擁護しています。
目的と倫理観を前提として、私的な利潤動機が資本主義経済を支える必要不可欠なものとします。

この項は、『「経済人」の終わり』〜1939年〜からの引用です。

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