人生とは、自分の“ツキ”を信じて突き進むべきものと見つけたり!

 私の人生はツキまくってきた。

その時々の最良の選択肢は、神が私に与え賜うた“ツキ”である。「神は、これ程の選択肢を私に与えてくれた。神は未だ私を見捨ててはいない。」

この連続で生きてきて今日がある。故に、私の人生はツキまくっていたと言うのだ。

負け惜しみ、こじつけと受け止める方々がおられるかもしれない。

負け惜しみ、こじつけではない。今の自分が証拠である。

この歳(68歳10ヶ月)で、未だに自分の“ツキ”を信じている。事実ツキまくっている。

やりたいことが途切れることなく念頭に浮かぶ。そこで最良の選択肢を選ぶ。成功、成果を信じて突き進む。性懲りもなく、こんな毎日を送っている。これこそ“堂々たる人生(未だ、途中であるが)”ではなかろうか。

勿論、早くからこんな意識で生きていてきた訳ではない。

私には、そんな“堂々たる人生”を全うされた人生の師がいた。上野光平氏である。上野さん(我々は皆“上野さん”と呼んだ。)は、決して人を責めない。ある時、私が上野さんが重用なさる方をそうなさるべきでないと諌めたことがあった。今から考えるとその方は私の大先輩にあたる方で、上野さんとも私よりお付き合いが長かった方である。その時、上野さんは困ったような顔をなさっておられたが、出過ぎた私を叱りもせず、その後もその方を重用し続けた。暫らくして、私はその方の価値を知り自らの不明を恥じたが、上野さんからは、一言も苦言も諭しもなかった。

上野さんは、人を讃え、動機付ける。しかも、直接本人には決して誉めない。「越谷店の担当者が、私にこのような問題提起をしてきている。こうゆう視点が重要だ。」

知り合いの本部スタッフ部長から「先日の店長集会での上野さんの発言内容は君のことだらう。」とい言った形で伝わってくる。

実際は、上野さんは、大変なお立場であり、上から(堤清二氏 )からは、“無理難題”を課題として与えられ、経営陣からは“鼎の軽重”を問われ続けた。そんな上野さんの“逃げ場”は、ウイスキーに“浸りながら”クラシック音楽を聴くことであったとは、奥様から伺ったのは上野さんが亡くなった後のことである。

私が西友を去る時、御部屋にご挨拶に行った。当時は流通産業研究所理事長のお仕事が主で、西友の顧問としてのお部屋だった。退職する旨を伝えると理由も聞かずに「そうか、よかった、よかった!」と祝福して下さった。「君は、頭を丸めて袈裟でも着けて、人にお説教でもしているのが似合う」「頑張りなさい。そうか、よかった、よかった!」

その後は年に数度、コンサルティングの現場の報告に流通産業研究所へ伺った。何も質問もせづに楽しそうに聞いてくださった。

病をえた上野さんが、病院に見舞いにこられた商業界主幹の倉本氏に語った言葉が上野さんの遺稿集に遺されていた。

「わたしは少しもたじろがない、たとえ死が訪れようとも、やりたいことはやった、これだけやらせてもらって幸せだった。」

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上野光平(うえの  こうへい)

1924年5月26日東京本所石原町に生まれる。1954年東京大学経済学部を卒業し、中小企業研究所を経で、1955年西武百貨店に入社。

1963年西友ストア取締役、1970年取締役副社長。1973年西武インターナショナル取締役副社長を経て、1975年西友ストア代表取締役副社長に就任。1979年流通産業研究所所長、1981年流通産業研究所理事長となり、1987年12月2日没。

この間、日本チェーンストア協会副会長、通産省の産業構造審議会専門委員、経済企画庁の日本経済長期展望委員会専門委員、公正取引委員会の流通問題研究会委員を歴任。

著書としては『現代流通論入門』(日経新聞社)、『美しい商人、醜い商人』(商業経済新聞社)、『仕事を楽しくする自己啓発のすすめ』ビジネス社

上野さん没後の偲ぶ会で、上田共産党副委員長の語ったエピソード。「東大時代、マルクスを語らせたら上野光平の右にでる者なしと言われていました。私も弟の不破(委員長当時)も上野さんとの出会いがなかったら、共産党に入党していなかったでしょう。」

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私の生きざまの理想は、上野さんのそれである。

《わたしは少しもたじろがない、たとえ死が訪れようとも、やりたいことがやった、これだけやらせてもらって幸せだった。》

人生最後の瞬間に、これだけのことを言ってこの世をさりたい。

そのための毎日である。

2012年8月7日

村上徳忍

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コメント

  1. 村上徳忍 より:

    上野さんの思えでは、人それぞれ。多くの上野さんシンパの思い出を聞きたいもの。

  2. 大笹貴靖 より:

    村上さんの考え方、生きざまにはいつも敬服しています。
    私も「私の人生はツキまくっていた」と思い切って言えるように“ツキ”を信じていきたいと思います。
    パワーをまたいただきました、ありがとうございます。

  3. 糟谷 甲子 より:

    村上先生のパワフルな生き方、とても勉強になっております。
    私も、いつも〝念ずれば通づる〟と勝手なモットーを作って思い込んでおりますが・・これからも人生は、物事はこうなる!と思って信じて進んでいきたいと、今また新たにそう思う次第です。

    これからも、素晴らしい人生のお手本として勉強させていただきたく存じます。
    ありがとうございます。

    • 村上徳忍 より:

      お元気そうでなによりです。
      明日より御社の地豊橋です。会長他にもお会いしたいものです!