The Daily Drucker  ドラッカー365の金言(徳忍の学習帳)

《 10月19日〔資本主義を越えること〕 》 〜2015年4月23日〜

〔経営陣が大金を懐に入れつつレイオフを行なうことは、社会的にも道義的にも許されない。〕

私が支持するのは自由市場経済である。
さほどうまく機能しているわけではないが、他よりはましである。

資本主義に対しては重大な疑念を抱いている。
経済を最終目的として偶像化している。
あまりに一元的である。
たとえば、私はアメリカの経営者に対し、組織内の所得格差を20倍以上にするなと何度もいってきた。
これを越えると憤りとしらけが蔓延する。
経営陣が大金を懐に入れつつレイオフを行なうことは、社会的にも道義的にも許されない。
そのような行為が組織にもたらす憤りとしらけは、必ず高いつけとなって返ってくる。

要するに、人間として生き、人間として遇されるということの意味は、資本主義の金銭的な計算では表せない。
金銭などという近視眼的な基準が、人生の生活の全局面を支配するなどということは許されざることである。

【解説】

残念ながら、この項では〔資本主義を越えること〕には言及していません。
ドラッカーが資本主義に対しては懐疑的であったことがわかります。
経済(カネ勘定)を人間社会の基本に置く考え方で国を治めることはできないのです。
アメリカの矛盾に満ちた社会(極端な所得格差、貧困・犯罪社会)の終焉が逼っています。
今の時点(2015年)で<私が支持するのは自由市場経済である。他よりはましである。>とのドラッカーの20年弱前の発言には、虚しいものがあります。
この後(明日以降)の提案に期待しましょう。

(2015年4月23日10:30徳忍記)

この項は、『ネクスト・ソサエテイ』〜2002年〜 からのものです。

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