The Daily Drucker  ドラッカー365の金言(徳忍の学習帳)

《 11月17日〔 定量化の限界 〕 》 〜2015年5月27日〜

〔社会的な事象のなかで、真に意味あるものは定量化になじまない。〕

私が定量化を行なわない最大の理由は、社会的な事象のなかで真に意味のあるものは定量化になじまないからである。
1900年あるいは1903年ころ、ヘンリー・フォードは、当時一般的になっていた常識、すなわち利益最大化のための最善の方策は、独占的地位のもとに生産量を抑え価格を引き上げることであるという常識を知らなかったゆえに、価格を引き下げ生産量を増やすことによって利益をあげた。
この大量生産の発明が経済を変えた。

しかし、1918年あるいは1920年という、すでにフォードが富豪になって何年か経った後でさえ、大量生産を定量化することは不可能だった。
もちろん、それは産業に革命をもたらし、自動車工業、国民経済、そして何よりもわれわれの産業観を一変させた。

世界に変革をもたらす特異なものとは、実は限界的な事象である。
統計的に意味あるものとなったときには、もはや未来にかかわる事象ではない。
現在にかかわる事象でさえない。
過去にかかわる事象となっている。

【解説】

ドラッカーが「私が定量化を行なわない最大の理由は、社会的な事象のなかで真に意味のあるものは定量化になじまないからである。」というのは、過去を解説するのではなく、未来を語る(予言する)ことを生業としていると言いたかったのです。
ドラッカーは、革新的事象は、実は“限界的(限りある)”と喝破します。
<統計的に、意味を持ったら、それはすでに過去のものである!> この意味するところは深いのです。
“コントロール”下に置いたら、これから行なわれることでも、すでに“過去に分類すべきこと”というのです。非常に深い「テーゼ」です。
“スケジューリング”は、定量化です。したがって、変化対応の余裕度を持たせないと、未来対応にならないとドラッカーは教えます。

(2015年5月27日10:30徳忍記)

この項は、『すでに起った未来』〜1992年〜 からのものです。

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