The Daily Drucker  ドラッカー365の金言(徳忍の学習帳)

《 12月1日〔 社会生態学 〕 》 〜2015年6月12日〜

〔 もしそれが意味のある変化ならば、いかななる変化をもたらすか。 〕

 社会生態学とは何であり、何でなければならないか。
第一に、すでに起った変化で通念に合わないものは何か。
あるいはパラダイム・チェンジは何を問いつつ、社会とコミュニティを観察することである。
第二に、その変化が本物の変化であることと示す証拠があるかどうかを問うことである。
第三に、もしそれが意味のある変化であるならば、いかなる機会をもたらすかをとうことである。

 一つの例が、主たる資源としての知識の登場であった。
何か重大なことが起っていることを」知らせてくれたものが、第二次世界大戦後のアメリカの退役軍人援護法だった。
それは退役軍人に大学の奨学金を与えた。結果は大勢の退役軍人が奨学金をもらうという。
まったく前例のないものだった。

 そのことで私は、」その変化は、社会の期待、価値観、構造、雇用にどのような影響を与えるかを自らに問うた、
ひとたびこの問いが投げかけるや、人類史上はじめて、知識が資源としての地位を占めるにいたったことは明らかになった。
1940年代後半のことだった。われわれが大変革の入り口にあることは明らかだった。

 その10年後つまり、1950年の半ばには、誰もが知識社会について、あるいは経済活動の新たな中心的存在としての知識労働者について、さらに成長していくべき労働力としての知識労働者について論じるようになった。
 
【解説】

この1940年後半に社会生態学的視点でのパラダイム・チェンジをドラッカーは喝破しました。知識が資源として認知される時代の到来です。
そして、10年後の1950年半ばには知識労働者を経済活動の中心として、論じるようになったのです。
私は、この理解を今日に当てはめて考えます。
成長資本主義の終焉、超高齢化社会の到来です。今日はまぎれもなく、社会生態学的視点でのパラダイム・チェンジの時代です。
そこに〔前期高齢者(65歳〜75歳)〕という新たな知識労働者集団が顕在化してきたのです。
私たちは、〔前期高齢者(65歳〜75歳)〕を知識労働者集団と考え、社会的資源として活性化、活用すべきです。

(2015年6月12日10:00徳忍記)

この内容な〔すでに起ったみらい〕1992年出版からのものである。

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