The Daily Drucker  ドラッカー365の金言(徳忍の学習帳)

《 12月22日〔 社会的責任の限界 〕 》 〜2015年7月4日〜

〔 よいことを行うには、よい業績をあげなければならない。 〕

 経済的は能力をわきまえずに、負担し切れない社会的責任を果たそうとするならば、直ちに問題が発生する。
ユニオン・カーバイトが、失業を緩和する目的でヴァージニア州ヴィエナに工場を建てたことは、社会的に責任ある行動ではなかった。
結果として無責任だった。最初から収支ぎりぎりで、工程が旧式だった工場は息をするのがやっとだった。
このことは、ユニオン・カーバイトが、自らが引き起こす問題を処理出来ないことを意味していた。
事実、同社は環境対策の要求に抵抗せざるを得なくなった。

 環境対策の要求は、失業への関心が環境への関心をはるかに上回っていた1940年代末にはなかった。
しかし、やがてそのような要求が出ることは予期しておかなければならないごとだった。
そもそも社会的責任のためとして不経済なことをするのは、責任ある行動ではなかった。単なる情緒的な行動だった。損害を被るだけのことだった。

【解説】

 公器としての行動の基本は、社会的責任を果たすことです。企業にとっては、第一に利益を出し続け、税金を国と地方に支払い続けること、第二に安定した雇用を維持することです。
昨今では、環境問題への配慮があります。また、社会的課題である<高齢化社会と介護>に関して企業として何ができるかを考えて行動することです。
ドラッカーは、基本が収益企業であることであると釘を刺したわけです。

(2015年7月5日10:30徳忍記)

この内容な〔 マネジメント―ー課題、責任、実践 〕1973年からのものである。

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