The Daily Drucker  ドラッカー365の金言(徳忍の学習帳)

12月24日本日のテーマ〔人間の実存〕

学習日:2015年7月21日(火)

《人間の実存は、個と市民という、2つの実存の緊張状態においてのみ可能である。
 
 社会全体の合理性の解体と、個の社会の関係における合理性の喪失こそ、現代社会の際立った特徴である。
 社会は、人が社会において生きることを望むのであれば、絶望せずに死ねるようにしてやらなくればならない。その方法は一つしかない。個々の人間の人生を無意味化することである。一人ひとりの人間が、人類という樹木の一枚の葉、あるいは社会という肉体の一つの細胞に過ぎないとするならば、死は死でなくなる。集合的な再生の過程にすぎなくなる。
 もちろん、そのとき人性もまた人生でなくなる。それは、生命全体の中の一つの機能的過程にすぎず、全体との関係がなければ、いかなる意味も持てない存在となる。このようにして、人の実存を社会における実存とする楽観主義は、直鉄絶望へといなる。その絶望は全体主義に通じるしかない。
 だが、人に実存は、絶望における実存、悲劇としての実存である必然性がない。信仰における実存が可能である。
信仰とは、神において不可能を可能にするという確信、神において時間と永遠が一体となり、生と死が意味を持つとの確信である。

【解説】

哲学的内容です。人が社会で「生きる」ということはどういうことでしょうか。存在感、生きがいが社会を通して感じることでしょう。
ドラッカーは、絶望せずに死ねるようにすることであると言います。
著作のこの部分だけ抜け出しての意味付けは無理があります。
絶対主義的社会では、「社会で生きる」を実感するのは、難しいことです。
信仰が救ってくれます。ただし、大多数の日本人は、「死生」を通じて神とのやり取りが選択肢にありません。不幸なことです。

この原点は、『「経済人」の終わり』1939年、『すでに起った未来』1992年

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