観察法〜記述としての「観察」から〜

1. はじめに

 わたしは、2000年代を通して当時流通先進国であったアメリカでスーパーマーケット・チェーンの店舗運営の実態調査研究を続けていた。チェーンストア経営方式をその先行業態であるスーパーマーメットの店舗での実態調査(「観察」)を24時間密着して記述したのである。
この度、「人間科学研究法ハンドブック」【第2版】ナカニシヤ出版[第7章]で観察法を学び我々が試みていたのは、フィールドワークでありエスノグラフィーの参与観察を試みていたことを知った。

2.「観察」した事実情報を克明に記述させる

 30名から40名の日本のスーパーマーケット企業各社の店長、実務部長クラスのメンバーを公募し、国内で事前研修を済ませ、実態調査研修に臨んだ。国内研修が重要な意味をもった。
スーパーマーケット企業の実務家を参与観察者としてアメリカの地で活動させるのである。前例なしの観察調査研修である。国内事前研修の場で次の内容を徹底指示した。

⑴先入観を持たぬこと(自分の先入観に合った事実だけを拾うことに陥る)
⑵予測、予想、仮説は、調査・研究を楽しくする(多ければ多い程よい)
⑶オペレーション調査は、自らは立ち止まって調査するもの(動いていれば、動きは見えない)
⑷ターゲット・チャンスを探せ(社員とお客さまとの接触場面、店長と社員との接触場面、作業する社員、定例作業、特別扱いが必要なお客さま、特別な動き、マネジャーの動き、清掃作業)
⑸最適な「立ち位置」を決めよ
⑹むやみに動き回るな(動作、行為は一区切りまで見ること)
⑺写真は撮るな(撮った途端に本質が見えなくなる)
⑻イラストは写真より、意味、意図を表す
⑼オペレーションは人が中心である
⑽マテハン機器は、人を絡ませて撮ること
⑾オペレーションは、時間、時刻、時間帯、所要時間があって価値が有る
⑿5W4Hは、情報価値を倍化する
⒀ブルーペーパーこそ、収集した情報を宝石にする(収集情報の整理カード)
⒁ターゲット社員と信頼関係を作る(必ずあいさつ“ハイ!”)
⒂身軽な身なり(メモ帳とデジカメ)
⒃群れるな(単独行動が原則)
⒄参加者同士で定期的に情報交換(重要情報については即目で確かめる)
2011年(ファイナル)SNSムラカミ研究室主催「米国セミナー(ロスアンゼルス)事前学習資料より
フィールドワーク、参与観察の要諦を何年間かの実戦経験でためこんだものである。

3.[透明な記述]ということ

 初期においてアメリカの先進スーパーマーケットでの実態調査研究は、多分に教育的側面があった。セミナー参加者の関心、興味のままに任せると既に国内業界ではびこっている間違った認識の上塗りとなる危険性があった。
そこでセミナー参加者の関心をチェーンストアの科学的な店舗運営と顧客密着な(フレンドリーな)店舗運営に向けるために記述の定式(鋳型)を決めた。それが[ブルーペーパー]他の調査のために道具(各種シート)である。
 実態調査の記述は、「どう感じたかではなく、そう感じさせた事実を書きなさい。」「また、その事実の周辺事実も追跡調査の上、追加記入しなさい。※事実の主体のジュリーは何年目パートなの等」
 事実の記載には、目撃時間ほか5W4Hが記載される。[ブルーペーパー]には、記入者の感想、感情は書かれていない。その意味で[透明な記述]な記述である。しかし、参与観察者が、何かを感じて[ブルーペーパー]に書き留めたのである。この場合の[透明な記述]記述は、他のセミナー参賀者の興奮を生むものがある。「それがチェーンオペレーションの本質なのか!」
[透明な記述]と定式という鋳型は、発想の幅と広がりを限定する。しかし、所期の目的は達成する。

4.経験的エスノグラフィー

 アメリカでの大手先進スーパーマーケット企業での店舗運営実態調査は、参与観察をとってきた。日本のスーパーマーケット企業では考えられないことであるが、アメリカの大手スーパーマーケット複数企業では、店長の一存で日本企業の店舗での24時間密着実態調査(バックヤード、厨房も含む)を許可してくれた。業界トップ企業の優秀店長の日本の同業者の熱意に応えての心意気であった。この場合、金銭的見返りが逆効果である。
 日本からの熱心な研修者の学びの姿勢が現場のパートタイマーにまで伝わり、英語の不得手な研修者の疑問、質問に答えてくれた。

◎あるセミナー参加者(スーパーマーケット店長)のエスノグラフィー
レジ周辺で目撃した事実をつぎのようにメモした。
『フロント・エンドで若い女性従業員がサッカーをしながら買い物の子供に笑顔で話しかけている。レジの客が途切れると、すぐ乾いたモップを持ってきて店頭の清掃、サービスコーヒーの補充と清掃、レジの商品戻しを誰の指示を受けずにテキパキをこなしている。』
  
きわめて印象的なこの事実をメモした彼は、[5W4Hシート]項目に従って以下のように事実を追跡把握した。
 
<追跡調査記録>
  
:レジでのサッカー(お客さま、連れの子供全ての会話を交わし、自然の笑顔を絶やさない)
:お買い上げ商品をカートで車まで運び、トランクに入れる(この間、お客さまと会話を続ける.キャリー・アウト・サービスする客は、いつものことで分っているのか、自然に〜当たり前のように〜やるべき客にやっているようだ。)
:レジの客が途切れた途端に、モップを持ってきて出入り口付近の床を吹き始める
:駐車場に向かい、放置されたカートを回収し、所定の場所に戻す
:男女トイレに入り、清掃点検し、消耗品を補充し、点検シートにサインする
:休憩室に入り、清掃点検し、整理、整頓する(放置紙コップを片付けながら「コモンセンスの問題よね・・」とつぶやく。)
  
<インタビュー調査記録>
  
:彼女はパートタイマーで何と入社4ヶ月目とのこと
:コーテシー・クラークの作業項目は、*主作業の発生都度即滞欧作業 *1時間ごとに実施する作業 *定刻実施作業 *手空き時間帯作業 があり、約12項目を勤務時間内でこなしている
:将来目指すポジションは?の問いに「フロント・マネジャー」と答え、付け加えて「うちのフロント・マネジャーのようになりたい」と目を輝かせて云った
:終始楽しげに仕事をしていたのが印象的
:この仕事に就けて幸せだ、と胸を張る・・・という思いが言葉の端々に感じられ

5.おわりに

 記述としての「観察」は、アメリカの先進小売業(当時)での「店舗運営24時間密着実態調査」をライフワークとして取り組んできた私には、刺激的であった。手探りで行ってきた方法は、科学的な方法論として紹介されていたことは感動的ですらあった。もし、事前に「人間科学研究法ハンドブック」を学んだ上でアメリカでのセミナーを実施できていなら・・とも思った。

参考文献

⑴「人間科学研究法」【第2版】ナカシニヤ出版
⑵「考具」加藤昌治 TBSブリタニカ
⑶「チェーンオペレーション・バイブル」村上忍 商業界

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