≪朝(あした)に道を聴かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり≫

村上徳忍のエッセイ(2012年9月)

とにかく何事にも関心があり、血が騒ぐ。四六時中わくわくしている。
70歳直前の爺さんがである。
朝(深夜)ベッドの中で目が覚めた途端、夢の延長線上でアイデアが浮かぶ。
それを枕元のアイ・パッドに忘れないうちに入力する。この道具は片手の不自由なものにとっては至極便利である。
朝一番のバスに乗り、所沢の駅からは、レッド・アロー(座席指定特急)で研究室(仕事場)のある池袋に出る。
7時、ビジネスホテル・ビルの1階の喫茶室でコーヒーとサンドイッチで朝食。
今日の面談指導予定をアイ・パッドで確認して、話しの内容展開を想定してベスト・パフォーマンスを期す。
面談指導予定がないときは、1人でじっと本を読み、コーヒーを楽しむ。
とりたてて、予定のないときの方が、体の奥底からアイデアと力が湧いてくる。
何でもいいから(世の中に役に立つことに)、このエネルギーを費やし尽くしたい。
そして、疲れ切って家路につき、満足感あふれて眠りにつく。
翌日も同じように、燃焼して過ごし、限りある後半生を全うしたい。

もとより、こんな心境であったわけではない。

3年前のある日、出張の出がけに駅のホームで倒れ、病院に搬送された。脳梗塞であった。 脳の左半分と右半身をやられた。初期の次のような症状で一旦、現役復帰を諦めた。

口がまともに回らない。大きな声が出せない。右手が使えない。ひらがなも書けない。絵札を見せられても絵柄の名前が半分近く思い出せない。九九を言えない。表情が出せない。脈拍、血圧が安定しない。

現役復帰を諦めることは、大きな決断であり、わたしにとっては、今後の人生を捨てるに他ならないことである。しかし、現実的に決断を迫られていたのである。経済的な問題である。20万円の事務所家賃を含めて毎月約50万円の支出が続いている。苦渋の決断である。ライフワークである取り組みの中心に描いてきた後半生を捨てる(諦める)決断である。
一時の猶予もない。息子に事務所を閉じる手はずの相談を私の友人に依頼するように指示した。

その後、数日捨て鉢な思いのみは脳裏をよぎった。
そんな時、病室での朝食の際、ベッドから椅子に移るとき、仕事用のビジネス鞄が目に入った。出張途中で倒れたのであるから、仕事用のビジネス鞄があるのだと気付いた。
その鞄を手に指導先を走り回っていたのは遠い過去のように思えた。しかも、そんな日々は、二度と来ないことを思い、泣きたくなった。
感傷的な気持ちで、鞄の中をあらためた。指導先の資料と一冊の本が入っていた。
愛読書のドラッカーである。取り出したが、開くのをためらった。
今の私の脳は、その内容を理解出来なくなっていると考えたからである。その事実を今更再確認したくなかった。

その本には、読みかけのページにしおりが挟んであった。
そのページを何となく開いて、文面に目を落とした。信じられないことが起こった。読めるし、理解出来るのである。頭の中に“ドラッカーの世界”が広がるのであった。
≪ひらがなも書けない。絵札を見せられても絵柄の名前が半分近く思い出せない。九九を言えない。≫のにである。
しかし、私はにわかにこの事実を信じながった。ドラッカー信者の私は、彼の言葉を諳んじている。それだけのことではないか?
そして、息子に“一縷の可能性”を確認するために、病院の1階にある売店から文芸春秋を買ってこさせた。まず、皇室記事を読んでみた。内容のみならずその背景、皇室全般の知識も思い出せる。その他の記事も読み漁った。これまでの情報知識が“無事”かどうかを確認するためである。
この時点で、私は確信を持った。「私は、現役に復帰できる!」と。

まず、息子に事務所解約を中止させた。知人より、当座の運転資金700万円を借り受けた。
そこから、現役復帰のためのリハビリ・トレーニングをスタートした。
病院の用意したリハビリ・トレーニング・プログラムは、療法士に私の自主トレの成果を確認してもらう場でしかなかった。ただ、問題があった。脈拍、血圧が安定しないのである。以前からある不整脈も難題であった。しかし、主治医の先生が最適な薬の組み合わせで解決して下さった。

このように、一度諦めた現役への“生還”である。再発の可能性もある。
こんな経験と現状が、現在を私の生き方の原点である。
≪朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり≫で毎日である。
(2012年9月18日 村上 徳忍)

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コメント

  1. 村上徳忍 より:

    私は、毎日曜日に所沢市の老人施設「さんとめ」にリハビリ・トレーニングのために通っている。スポーツ・ジム+リハビリ施設のようなところである。
    当然のことながら、同志(同じ病を経て、懸命に現役復帰の目指しておられる方)がいらっしゃる。単純繰り返しのリハビリ・トレーニングである。
    その同志の為にこの一文を書いた。互いに頑張りましょうね。

  2. 村上徳忍 より:

    こんな感想をいただきました。

    村上先生に頂いたエッセイは、ひそかに感動しました。
    自分もそういうわくわくするような気持ちで日々創造的に取り組みたいと、
    強く思いました。
    KT