《村上徳忍のエッセイ・シリーズ①》

[くれぐれも“脱サラ”すべからず!!]

(1)“脱サラ”の成功談などまやかしである!

かく言うわたくしは、“脱サラ”経験者である。大学を卒業して就職した会社を1年で辞めた。ピアノ・メーカーの営業マンである。近い生来の自分の姿であろう先輩営業マン、営業所長達の言動と生き様を見て、そんな自分を見たくはなかったのである。半分そんな悪しき生活態度に染まってきた自分自身が怖かったのだ。周りに皆が、投げやりの生活態度、仕事ぶりであった訳ではない。淡々と仕事をこなし、プロ営業マンとして誇りを持っている先輩も少数なからおられた。しかし、当時の私はその“淡々とした仕事ぶり”を許容出来なかったのである。

次の職探しでは悩んだ。退職理由がいい加減だったからである。
こんな理由であれば、一流大学に入り直して真面目に勉強して、一流会社に就職するしかない。
それは過去に放棄した道である。
当時の心境はというと、純粋にノルマこなしではなく“働きたくてしょうがない!”のだった。
こんな精神状態の若者(私)は、渥美俊一氏のアジテーションで(「ビック・ストアへの道」シリーズの本を読んで)苦もなく洗脳された。事実、当時のチェーンストア企業は、夢を追いかける“熱に冒された”集団であった。

それから15年某チェーンストア企業で“夢追い人”を指向してきてが、“転機”が訪れた。
チェーンストア業界も規模の拡大だけを指向する時代ではなくなってきたが、革新への取り組み姿勢は、企業の中核からは薄れてきていた。親会社的な百貨店から“天下った”経営幹部には、業態革新を期待出来ず、本部スタッフの官僚化進んでいた。
企業は、先進米国チェーン企業からのチェーンストア実務論(方法論)に関心を示しながら、その取り組みには消極的で真面目に取り組もうとはしなかった。当時、そのチェーンストア実務論(方法論)を導入するプロジェクトの課長にあった私は、プロジェクトの進展の糸口の見つからないイライラから担当役員と口論し、プロジェクト・リーダーを外された。結局、そのプロジェクトは解散となった。直後は、友人がリーダーであるダイレクト・マーケティングのプロジェクトに“拾われた”が、心理的には敗残者である。
そのとき、人生の転機であると考えた。冷静に見ると、そのプロジェクトは解散となったように、プロジェクトのテーマであるチェーンストア実務論(方法論)の実務への落とし込みに失敗したのである。要するに私の“力足らず”が明らかにであった。であるから、自ずからが実力をつけて“捲土重来”を期するべきであった(在職で)。

しかし、その時はそのように考えが及ばなかった。私が学び、導入に取り組んだチェーンストア実務論(方法論)は、日本の小売業に必要不可欠であり、このまま一企業の中でうやむやに終らせてはならない。ここまでは間違いではない。この後の“論理の飛躍”が問題なのである。
自分が、この企業を辞めて日本の小売業界にこの思想と方法論を広げるべきである。
「いつ、やるんだ?」「今でしょう!」この軽率さは、この後も時々顔を出す。
40歳直前の妻子あるチェーンストア企業の課長風情が、なにを考えているのか、軽挙妄動以外の何ものでのない。
実際、「いつ、やるんだ?」「今ではない。時を待って・・・」としていれば、結局、辞めないでサラリーマンを全うしたであろう。
どちらの人生が幸せだったか!? 比べる術もないが、70歳を目前にした現在、波乱万丈でスリリングで楽しい人生であったと思うが、もう一度やり直せるとしたら、決して、脱サラ人生を選択出来ない。こんな(自分に巡ってきた)偶然と幸運が二度と訪れる筈がないからである。

独立後、7〜8年後にコンサルタント業が軌道に乗り始め、自分が辞めた企業への指導などが始まったころから、“脱サラ”の相談を受けることが度々あった。
私は、理由をきくまでもなく、「我慢して、頑張りなさい。きっとよい機会が生まれるから・・」
と、脱サラを思いとどまることを促すことを常とした。中には、憤然として「何で自分が脱サラして“成功”しているくせに、私の脱サラを止まらせようとするのか。」と食って掛かる者もいた。そんな時、私はこう応えた。「脱サラは、手段です。しかも、最終手段です。目的を果たすためには、サラリーマン時代を有効に活かすべきでしょう。」
「それならば、後悔しているのか?」問いには、「後悔しても、後の祭り。脱サラはそう云うもの。 もっとも、私は誰にも相談しませんでしたかね。」
実際は、そんな綺麗事ではない。後悔などしている暇がないほど切羽詰まった場面がひっきりなしに起ったのである。この間は“居直り”しかなかった。そんな場面が続くと、それを乗れ超えることに快感と自信を持つようになった。
しかし、今考えると、友人、知己の援助と声援、何にもまして私の幸運があったればこそ、今日の私があると考えるのである。

だから、「軽々に脱サラなどすべきでない!」と声を大にしていうのである。
次回は、私のケース(ハチャメチャな人生、幸運に恵まれた)をお話ししたい。
誰も、軽々に脱サラなど考えなくなる筈である!?

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コメント

  1. Richlyne より:

    Good points all around. Truly apeeicratpd.