《村上徳忍のエッセイ・シリーズ③》

くれぐれも“脱サラ”すべからず!!]

(3)本を書く(出版する)ことによって、知名度アップと販促効果を狙う作戦!

少しはましになったとはいえ、仕事の多く入る月と全く入らない月のバラツキは、精神衛生上よくない。12月中旬から1月中旬まで全く仕事の予定が入らない(収入ゼロ!)ことは、小売業出身者として理解していたつもりでも、向こう一ヶ月予定の入らないスケジュール帳を目の前にすると焦り以上に恐怖を感じた。そんなことが年間に何度も発生すると、その原因と対策を考えざるを得なかった。
実際、仕事の絶対量が少な過ぎた。手持ちの顧客企業が少ないのである。売り込みの営業が全くと云っていい程出来ていない。当時は、小売業界の専門誌とのコネクションもなかったし、そこへの投稿という知恵もなかった。「本を書こう!」と思いついたのは安易な発想からであった。自分の出版さえ出来れば全国の書店に陳列される筈だ。しかも、広告代無料で・・・!
仕事の少なさは、執筆時間の多さ(ふんだんさ!?)である。瞬く間に原稿を書き上げた。
“接客販売技術”の実務書を想定した原稿であった。この内容に関しては教育課スタッフ時代の得意分野で持論があった。《接客応対は、売る為の手段である。気持ちよく買い物をして頂くのは、最終的に買って頂いて目的の達成である。故に、”接客販売技術“”なのである!》

◎ 出版社探しではなく、確かな“紹介者”探しが”肝”である!

本を出版したい人間は数限りなくいる。出版社の編集者の机の上には“持ち込み原稿(紹介者付き)”が積まれているらしい。「接客技術」等は、極めてイージーなテーマであるので、出版社の編集者にとっては、「又か・・・」で内容を読んでもらえないと聞いた。
これまでの仕事先(煎餅の専門店)でご一緒した[手書きPOP]を専門とした〔商業文化研究所〕代表の大久保秋人先生(故人)が、紹介者を買って出て下さった。大久保秋人先生とは、教育課スタッフ時代にお付き合いがあり、先生の“商業文化論”に私が傾倒していた間柄であり、偶然仕事先で再会していたのである。
紹介された出版社は、誠文堂新光社という科学本等の出版社であるが「商店界」という月刊誌を出していた。「商店界」の編集長の久光芳彦氏は、大久保秋人先生の“商業文化論”を高く評価している関係であった。<専門店のための実践実務教科書【よく売る店の接客販売技術A~Z】>を出版することが出来た。(この本は、好運にもこの後五刷にして、シリーズがされた)
◎ 本来の目的に軌道修正する転機となった単行本の出版

<専門店のための実践実務教科書【よく売る店の接客販売技術A~Z】>を単行本化出来たことは、大久保秋人先生との“ご縁”のお陰であり、「商店界」の編集長の久光芳彦氏という強い味方をもたらしてくれた。この本は、後年自動車のマツダとのプロジェクト《売るショールーム開発ブロジェクト》を生み出し、3年間のビジネスに繋がった。

本を書く(単行本化する)という手段の発見は、私を本来の目的である“日本の小売業の近代化、産業化”を目指すことへの取り組みの具体化の方法論を提示してくれたこである。
私はもとより<接客販売技術の指導者>を目指すつもりはなかった。
チェーンストアの店舗運営の実務技術であるレイバー・スケジューリングを啓蒙し、日本の小売業の生産性を飛躍的に向上させ、小売業関係者の社会的地位を高めたいと真剣に考えたのである。つい先頃まで、“食い詰めていた講演や”が、こうも変われるものなのである。
今度の本は、“世に問う!”出版物である。ダイヤモンド社か日本経済新聞社から出したいと本気で考えた。

ここでも私の思いを真面目に聞いて下さった大久保秋人先生が、面識のある日本経済新聞社の某論説委員を紹介してくれたのである。しかし、この論説委員氏は、日経本社で“ケンモホロロ”の応対であった。出版に否定的であるだけでなく、レイバー・スケジューリングという概念に認識がなく、米国のチェーンストア事情を説明しようとする私を黙らせて、とにかく出版部の編集委員を紹介するから、期待しないで会えと追い帰らされたのである。
日経本社地下の喫茶室で出版部の編集委員氏と100パーセント諦めて対面した。当然、会話は盛り上がらない。会話は途切れがちであり、お礼を言って席を立とうと考えた矢先に、「村上さんは、西友ご出身でしたよね。」と話題を変えてきた。ハイと応えると「上野光平さんをご存知ですか?」と問いかけてきた。局面が180度変わった瞬間である。
上野光平氏(故人)は、長らく西友の支配人(社長)をなさっておられた方で、西友だけではなくチェーンストア業界の中心的な人物の一人であった。それ以上に上野さん(我々は敬愛の念を込めてそう呼ぶのは常であった)は、私の最も尊敬し、慕っている方なのである。
編集委員氏は、自分がつい最近まで上野さんの本の出版を担当していたと云うのである。この間に、上野さんの人柄と見識に魅せられたと述懐された。それからは、“上野さんファン”同士としての打ち解けた会話が続いた。
編集委員氏がとんでもないことを提案してきた。自分は、1年に10数冊の出版を手がける。その内、版を重ねるのは数冊である。つまり、ほとんどが重版しない。その中に村上さんの本が入っていてもちっともおかしくない。
「早速、村上さんの企画書を編集会議に出してみましょう。」といたずらっぽく云った。
かくして、ハードカバーの〔レーバー・スケジューリング・システム〕3750円が、日本経済新聞社より出版された。件の編集委員氏は、斎藤保民さん(故人)と云う方で同志的お付き合いをさせて頂いた。斎藤さんの名誉の為に記しておくがこの本は4刷した。

この後、日経流通セミナーで2度程講演と機会があり、レーバー・スケジューリングと言う概念が日本の流通業界で認知され始めたのである。
この世は、“縁”と“運”で回っているとつくづく思う。それを信じて行動する生き方をするしかないと言うのが私の人生観のようだ。

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