福島地区の放射能汚染問題の今後を考える

~人類の英知が試されている時ではないのか!・・・~

[友人が放射能汚染地区で手弁当で頑張っておられる姿に感銘を受けながら、思ったことです。要するに、一部の方々を除き”他人ごと”なんです。
本当に、今我々は何を考え、何を為すべきなのでしょうか。もっと、日常的に討議すべきではないでしょうか。
この討議の発端作りとしての一文です。]

この問題は、国(日本)も被災地も日本人全体が、収束の目途どころではなく、一生涯(何世代)も取り組む続くらければならないものであることは間違いない。
まず、この認識と決意が日本の政治家および全国民に必要である。
何故、この様な事を云うかというと、日本の政治家も国民もそのような認識でなっていないし、当然のこと、この困難に立ち向かう決意など落ち合わせていないと思うからである。
何故、そう思うのか。
原発の再稼働問題で、このままでは(原発の再稼働なしでは)この夏を乗り切れない云々が“殺し文句”で使われ、それをマスコミ、国民の多くが「それは困る、問題だ・・・」と反応しているからである。

日本は、広島、長崎に原爆を投下された世界で唯一の被爆国である。
「ノー・モア・ヒロシマ!」が、忘れられつつある日本。そこに“天からの鉄槌”から下されたのではないか。
「まだ分からんのか、愚かな人間ども!」本当に愚かな日本人は、三度の経験も活かせないのである。
なんで広島、長崎、福島なのか、そして電力不足は関西なのか、と該当地の方々は思われるに違いない。この不運を“天からの鉄槌”などと云ってほしくないと思われ違いない。
しかし、該当地の方々には申し訳ないが、私には“日本に対する天からの鉄槌”と思えるのである。従って、これらを日本全体の受難として受け止めなければならないと思う。

幸いなことに、今原発は全て停止している。この夏にどれだけ電力が足りないのか、どの地域が足りないのかもはっきりした。日本が国を挙げて取り組むべき目標がはっきりしたのである。
後は、どの様に乗り切るかを考え、決意と行動を起こすだけである。原発なしに!
福島(被災地)の方々、市民活動家の方々は、“この世紀の取り組み”を関西地区の方々に呼び掛け、連動すべきである。
国民も福島地区の被災地に加えて、この夏の関西地区の方々に対して何が出来るか考えようではないか。

つまり、この様なことではないだろうか。
こうして日本は、唯一の被爆国の役割を世界に向けて、果たせるのではないか。
そうでないと、広島、長崎、福島(被災地)の方々は浮かばれないと思う。

村上徳忍(2012年5月15日記)

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