《村上徳忍のエッセイ・シリーズ〜番外〜》

[くれぐれも“脱サラ”すべからず!!]

ここまで、無謀と云える脱サラの実態、“身から出たさび”の苦労話し、好運と不運を書き連ねてきた。書いている本人に現実感(実態をお話ししていると言う実感)が残らない。
何故なら、時々のエポック的な出来事が人生ではないからだ。講演、セミナーを除いても、これまでに私が関係した企業、団体は、二桁では済まないと思う。そう云った数多くの機会、場面での小さな成功での評価(賞讃)と結果として幾ばくかの謝礼を稼ぎ、あるいは、小さな失敗への評価(失望を与えたこと)と結果としての無収入から、人生における大部分の「自信」と「心からの反省(学びのある反省)」を得ていたのである。

◎ 人生での“エポック的な出来事”は、「環境」あるには「運」のなせるワザ!

“エポック的な出来事(大きな成果)”は、これまで記述した通り企業の優秀な担当者に恵まれたり、環境や時が味方したりしていたのである。
“エポック的な出来事(大きな不幸)”は、個人としてはどうすることも出来ず、そこで必要なのは、努力(工夫)ではなく、ひたすら耐え忍ぶことである。
いずれにしろ、「よく耐えた」などと賞讃される割には、積極的学びはない。

一方、小さな成功は自分自身の努力、工夫による所が大きく、関係者からの評価(賞讃)は自信につながる。数限りなく存在する小さな失敗は、100パーセント個人的な力不足、配慮の足りなさの場合が殆どである。これらの反省の積み重ねが実務力形成には大きい意味を持ったと思う。

◎ 大きな不運(不幸)を乗り越える方法を偶然体得出来た!?

これまでに紹介したように、私は、二つの不幸な(決して望まない)体験をした。一度は、息子の心の休まらない3年間の闘病であり、二度目は、妻の7年余の闘病と死である。もっともっと大変な不運(不幸)と戦い、乗り越えている方が大勢おられることは承知している。
ここで申し上げたいのは、この二度の不運(不幸)な出来事は、私にとっては“脱サラ”と云う無謀な挑戦のマイナスにはならなかった(不利な条件にはならなかった)と云うことである。と言うよりは、“脱サラ”の無謀なチャレンジを乗り切る“力(頑張りの大義名分)”を与えてくれたように思う。
一方、耐え忍ぶだけの不幸(不運)の日々を、積極的に生きる機会(動機)に“脱サラ”の目的が日々を価値付けあるものに変えてくれていたように思う。

何かこじつけのように思われるかも知れないが、結果論としてそう実感している。大変な試練に際しては、それを“紛らわすに足る”前向きな取り組み(社会的貢献となるような行為)が必要であると思う。
各申す私自身が、三度目の不幸(不運)に際して、実行、実感中なのである。
あまり、自分の不運を連ねるのは気が引けるが(自業自得と断じる友人もいる)、
私は4年前に脳梗塞で倒れた。その際、“普通の生活”に戻ると言う常識的な目標ではなく、“コンサルタント復帰”と言う願望的目標を設定した。
何やら、脱サラの際の目標〔コンサルタントとして、日本の小売業の近代化に貢献する〕に似ているであろう。
私は、脳梗塞の克服などを目標に掲げたくなかった。もっと大きな目標達成のための手段としたかったのである。

二つの不幸(不運)は、「私のせいではない!?」。しかし、脱サラは、「間違いなく私のせいである!!」でも目標〔コンサルタントとして、日本の小売業の近代化に貢献する〕は、挑戦し、達成すべきである。二つの不幸(不運)の耐え忍ぶ日々に、克服する大きな目的を(偶然にも)得たのである。

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